【論文ななめ読み】vol.1

■出典
『プロボノ活動におけるビジネス - ソーシャル越境経験がジョブ・クラフティングに及ぼす影響 ―組織アイデンティティとワークアイデンティティによる仲介効果―』
(東京都立大学 藤澤理恵・高尾義明/経営行動科学第 31 巻第 3 号,2020)
プロボノ活動におけるビジネス - ソーシャル越境経験がジョブ・クラフティングに及ぼす影響 (jst.go.jp)

1.問題

不確実性と変化のスピードが増す近年の事業環境下では,仕事がプロジェクト化し,役割責任が流動的になるなど,従業員がボトムアップで仕事をカスタマイズすることの有用さが増している(Grant, Fried & Juillerat, 2011)。また,個人は意味のある仕事を求めており,そのような個人からワーク・エンゲージメントを引き出すことの価値も大きくなっている(Berg, Dutton & Wrzesniewski, 2013)。このような環境において,組織や上司が職務をデザインして与える一方でなく,従業員自身が担当する職務を意味深いものへと変えていく意義が高まっており,そのようなプロセスを探求するジョブ・クラフティング(以降 JC と記述)の研究が近年盛んである。

JC とは「個人が自身の仕事におけるタスクまたは関係性の境界において行う物理的,認知的変更」(Wrzesniewski & Dutton, 2001)と定義され,個人が自身の仕事におけるタスクまたは関係性の境界において,主体的に仕事をデザインしたり,人間関係のネットワークを再定義したりしていく変革的な行動である。この主体的行動により,仕事の有意味感やワークアイデンティティ (Work-related/based Identity,以降 WI と記述)の再認識がもたらされる。

本研究では,仕事外領域の経験に影響を受けて変化する仕事の意味づけや経験の変化を問題として扱う。

JC は,仕事のタスク環境および社会的環境を変化させるために,仕事の意味や WI を変化させ,それらが JC の動機を喚起するといったサイクルモデルとして描かれる。自分の役割の範囲内と捉えるタスクを入れ替えたり,得意なスキルや興味関心に関連するやり方で進めるようにしたり(タスククラフティング),仕事で関わる相手や会話の内容を変化させたり(関係性クラフティング),仕事が影響を与え得る対象を捉え直したり(認知的クラフティング)すると,仕事における経験が変わり,仕事とは何であり,何のために何者として行っているかという従業員自身の認知が変化する。

社会文化的差異を越えて,ビジネス・パーソンが社会貢献ボランティアに参加する行為を,本稿では「ビジネス - ソーシャル(以語 B-S と記述)越境」として定式化して考察していく。

⊳仮説 1-1 仕事と共通点をもつ仕事以外の活動において越境性が認知されるほど,組織アイデンティティ(OI)の内省が生じる。

⊳仮説 1-2 仕事と共通点をもつ仕事以外の活動において越境性が認知されるほど,ワークアイデンティティ(WI)の内省が生じる。

⊳仮説 2-1 越境において生じた組織アイデンティティ(OI)の内省が,本業におけるジョブ・クラフティング(JC)を促進する仮説 2-2 越境において生じたワークアイデンティティ(WI)の内省が,本業におけるジョブ・クラフティング(JC)を促進する。

⊳仮説 2-2 越境において生じたワークアイデンティティ(WI)の内省が,本業におけるジョブ・クラフティング(JC)を促進する。

2.ディスカッション (原著では「2.方法」「3.結果」の後、「4.ディスカッション」として記載)

仕事外領域において,仕事と共通点がありながらも仕事とは異質な活動に参加する経験は,OI と WI の内省の媒介により,JC を促進しており,越境のメカニズムが機能したことが示唆された。

活動が仕事と比較され,その異質さが認知されるほど,OI の内省および WI の内省が生じた。仕事における活動と非営利組織におけるボランティア活動の間では,目的や価値基準,関係者間で共有されている情報やスキルなどの前提に差異が経験され得る。異なる前提をもつ活動への越境が,自明視されていた自社の OI の社会的価値や理念といった側面と,スキルの強みや働く目的など個人の WI を相対化させる内省を促したと考えられる。

仕事とは前提の異なる活動への参加におけるOI と WI の内省は,仕事領域における JC を促進した。

仕事と個人の関係をその適合(フィット)という観点から捉える概念に Person-Job(P-J)フィットがある

P-J フィットは,働く上での動機,強み,目的への熱意を生かす JC によって高まるとされる(Berg et al., 2013)。越境において,自身の動機,強み,事業の目的や価値を(再)発見したことによって生じた P-J フィットのズレは,まさにズレのもととなったそれら仕事外領域での発見を,仕事領域において生かそうとするJC によって埋められる。OI と WI の内省というアイデンティティの揺らぎによる完全媒介が確認されたことは,JC が,アイデンティティ再構築のダイナミクスとして生じるメカニズムを示したといえる。